Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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4月23日のJリーグ再開にあたり、従来どおり『ケーズデンキスタジアム水戸』でのホームゲーム開催
が決定しました。関係者としては「嬉しいけれど、喜びきれない」というのが今の素直な気持ちです。
理由は約7000人収容のメインスタンドが、修繕と検査のためしばらく使用禁止になるからです。

使えるのはバックスタンドとゴール裏芝生席。この部分の公称は4600人収容ですが最大限、
席詰めに協力していただいての数字だと思います。お客さんにご不便かけてしまうのはもちろん、
物理的に観客動員の落ち込みも予想され、チーム存続危機にまた逆風が吹く形になりました。

ここで思い出すのは、Ksスタがまだ『市陸』と呼ばれていた頃。正確には『水戸市立競技場』ですが、
この辺の詳細は割愛します。1987年に開場し、改修工事に入ったのは2007年。
個人的には2006年秋のヴィッセル神戸戦が印象深い。私は当時ボランティアとして新人で、
通算参加3試合目くらいでした。チケット1枚もぎるにもオタオタしてましたね(苦笑)

施設面も今にして思うと凄かった。屋外トイレが壊れ、当時のフロントスタッフが必死にバケツで水を
流していた姿を鮮明に覚えています(お食事中の方ごめんなさい)。
電光掲示が無かったから、運動会みたいな得点板と手動の時計で試合進行を知らせてたんですよね。
スピーカーの出力も小さくて、バックスタンドではアナウンスがほとんど聞こえません。
誰が試合に出て、ゴールを決めたかはもはや「心の眼」で見るしかない(笑)
TVのカメラクルーがメインスタンド屋根に上って、中継していた光景もシュールな画でした。

まだあります(苦笑)。選手の着替えるロッカールームが狭いため、重い鋼鉄製のロッカーを約50個、
表に運び出す所からボランティア活動が始まりました。備品倉庫もないので笠松から4tトラックで
プラスチック柵や重り、看板を積み降ろし、そして試合後にはよりハードな積み込み作業。

今回のスタジアム部分使用にあたり、心情としては数年前の状況に戻るのかなと。
バックスタンドに座席と常設トイレ、そして備品倉庫があるだけまだマシかもしれません。
アナウンス設備や電光掲示には、何とかクオリティを保っていて欲しい所ですが・・・
しかし施設がどんな状態になろうと、次の事を忘れてはいけない。

僕達は「あの頃」を覚えている。でも僕達は「あの頃」とは違う。

チームもボランティアも、そして自分も『市陸時代』から本当に様々な経験を積んで、教訓を得ながら
前に進んできた。水戸ホーリーホックにとって「妄想」でしかなかった、素晴らしい事が次々と「実現」
していったプロセスの数々。皆さん、ホーリー君がぬいぐるみになった時の興奮を覚えてますか?

私自身も試合運営にまつわるスキルを一つ一つ覚え、今は「メインスタンド統括」という、
ちょっと偉そうな肩書きになった。そして何より、苦しい時に励ましあえるボランティアの仲間。
住む地域やサポートするチームは違えど、常に元気付けてくれる方々もいる。
全国のスポーツボランティアが集まる場で、『水戸黄門』フルコーラス歌う事だってできる(笑)

メインスタンドが使えない事は、私にとっても非常に辛いです。
限られた人数で知恵を絞り、皆で「より良いメイン」を作ろうとした歴史そのものが宝物だから。
その一方で、何故かワクワクしている自分もいます。普段とまるで違う制限された状況の中、
いったいどこまでやれるだろうかと。凄く面白いアイディアが浮かびそうな気がしてなりません。

確かに厳しい状況だ。でも『ただ劣化した姿』を見せるだけじゃつまらない、芸が無いじゃないの。

ご不便おかけしてしまう分は最大限、「心づかい」と「心意気」でカバーしたい。
ボランティアとして経験値をフル動員して、市陸だった頃の自分自身に
「どうだ、チームも俺もこんなに強くなったんだぜ!」と見せつけてやります。

「チカラをひとつに。 -TEAM AS ONE-」

by 小番頭・K

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