Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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雨の祝日となりました。時間の流れがとても長く感じます。
海外からもイチロー選手を筆頭に、被災地へ支援の動きが始まっています。
また、かつて川崎F・札幌・東京Vで活躍したFCポルトのエース、フッキ選手から
「日本、私の心は泣いている。我々は皆さんとともにある。ともに戦おう」とメッセージがありました。
彼ばかりでなく、Jリーグでプレーした沢山の外国籍選手も日本の現在に心を痛め、
中には具体的に行動を起こしている方もいるでしょう。

「こんな時に、しりとりやってる場合か」と、私自身も思いますが「こんな時だからこそ」
という思いもあります。もう一度「自分にできる事」を考えれば、水戸自身を含めた被災地の力に
なる事はもちろん、サッカーボランティアという立場からチームの魅力、Jリーグの魅力を
伝え続ける事も含まれるんじゃないかと。これが新たな力や絆を生んでいけば良いと思います。
批判を覚悟で今回は、従来の味を変えずにしりとりを繋いでいきます。

前は京都に所属したMFソーヴィシュで終わりました。

→ ユ・サンチョル
1999~2000年/2003年~2004年横浜F・マリノス。2001年~2002年柏レイソル。
サンチョル兄貴!DFからFWまで、どのポジションでも当然のようにプレーしてました。
仕事場を選ばず、かつ結果を残す男って格好いいです。記録を見返すと、背番号も選びませんね(笑)
ホン・ミョンボやキム・ドフンなど、それ以前にも活躍した先人はいましたが、
Jリーグにおける「韓流ブーム」のきっかけになったのは、この選手だと私は思います。
『名選手→名監督』のステップを歩みそうな人物だけに、今後の動向も楽しみにしましょう。

→ ルル
1994年浦和レッズ。本名ルボミール・ルホビー。80年代のロボットアニメに出てきそうな名前ですね。
『聖戦士ダンバイン』『戦闘メカザブングル』等(笑)彼自身はスロバキア代表に選ばれた優秀なFWです。
当時私は中学生。メガドライブのサッカーゲームで同時期レッズに所属した2選手とともに
「ミロ(GK)、ルル、ラーン(MF)」と、セットで覚えました。ミロルルラーン。元気になるおまじないみたいです(笑)

→ ルンメニゲ
1993年~1995年浦和レッズ。現バイエルン・ミュンヘン会長の実兄(カール=ハインツ=ルンメニゲ)
と混同されがちだけど、こちらのミヒャエル=ルンメニゲも素晴らしい選手。ブンデスリーガ通算80得点。
日本に来た当時は『ルムメニゲ』で登録されていた記憶が。それにしてもインパクトある名前の外国人選手、減りましたね・・・。日本に来る選手の国籍が、ある程度固定化されたからですね。
主にブラジルの選手を続けて獲得した方が、連携やコスト面で間違いないんだろうけど、一抹の寂しさ。
その点ジェフ千葉はノルウェー、オランダ、カナダ、オーストラリアと、相変わらず国際色豊かです。

→ ケリー
2001年~2004年FC東京。ケリー将軍!!仕事人って感じで好きだったなー。
こういう風に異名を取るぐらい個性を発揮する助っ人も少なくなりました・・・。
個人的に今最もキャラ立ちしてるのは、新潟のMFミシェウです。
大きな相手を手玉にとる感じは『一休さん』を髣髴させる。「とんちの効いたプレー」が多く楽しいです。
あと、鳥取のFWハメドも『バトルタンク』って感じでイイ空気を醸し出しています。

→ リネカー
1993年~1994年名古屋グランパスエイト。多くの日本人にとって、名前は思い出せるけど
プレーを思い出せない選手の代表格。Jリーグ通算18試合4得点という記録では無理もない・・・。
10点くらいは取ってた印象あるんだけどなー。フォローするまでもなく世界サッカー史に残る偉大なプレーヤーです。現役生活20年の間に一度もカード貰った事がないって、本当かしら?
怪我も大きいけど当時日本に『ワンタッチゴーラー』が活躍できる土壌がなかったのかも。
ディアスとかリティとか、一人で局面を打開できる選手が目立ってたので。
もしリネカーが現在のJリーグに蘇って、橋本英郎(G大阪)や狩野健太(横浜FM)と組んだら、
物凄く点を取った気がします。


・・・いかがでしたか?読んだ方が少しでも元気になれば幸いです。
また何かあったら報告しますので、よろしくお願いします。

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