Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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突然でびっくりされた方にも、「フラグ」を感じ取っていた方にも、お伝えしたい事があります。
当ブログは本日の更新をもちまして最後、つまり最終回とさせていただきます。
経緯は以下に書いていきますが、何せ長文のため2~3回に分けてお読み下されば幸いです(笑)


Jリーグ・水戸ホーリーホックというチームにボランティアとして関わりだしたのは2006年9月。
マイナス要素と自虐ネタしか見えないような状況で、自分が生まれ育った町を笑い者にされてたまるかと
運営現場の問題一つひとつと向き合ってきました。解決した案件も、まだ未解決の案件もあります。

そんな中でチームについてあれこれ書こうと、意識が芽生えたのは2008年ごろ。
少しでも前向きな材料を拾い出す事で、選手とスタッフは成長する。
的確な批判であっても、表現を選ばなければ彼らは死んでしまう。
伝えたい想いをずっと抱いていたものの、皆にどう伝えたら良いかわからず悶々としていました。

ボランティアメンバー内で事務伝達をするML(メーリングリスト)があるのですが、
そこに暑苦しい長文を送っていた時期もありました。完全に空回りというか、暴走状態ですね(大汗)
ある日リーダーいのっちに、「お前のやる気は素晴らしいけど、皆に押し付けるなよ」と諭されたのを
覚えています。周囲の大人が温かい目で支えてくれた事は、私にとって幸運でした。


とはいえチームの戦力が育っては奪われ、育っては奪われの無限ループ。
関わる人々の心は折れかけていたし、長年応援していた方が志半ばで離れていく姿を何度も見てきました。
この流れを止めなくては。自分にどれほどの力があるかわからないけど、水戸に少しでも光を当てたい。

MLの反省から、「暴走するなら計画を練って美しく」を肝に銘じました。
2010年にスポーツ新聞『ホリスポ』を立ち上げたのは、そういう流れを踏まえての事。
クラブの根深い問題点は指摘するけど、個人攻撃は絶対しない。レイアウトの細部にこだわって読みやすく。

ボランティア内部と、社長を含めたフロントスタッフに強制配布。そしてKsスタコンコースへの貼り出し。
発行60部ほどの細々とした展開だったけど、当初予想した以上の反響を頂き31号まで続けられました。
『たんけんホーリー君』『背番号物語』といった紙面での企画は、今日のチームイベントにも生かされてる
気がします。費やした労力とインク代は結構なものでしたが、それに見合った成果は残せたのかなと。


しかし新聞の製作を続けていくうちに、自分自身の致命的な弱点もわかってしまいました。
記事の構成力と企画力には自信があるけど、肝心の「取材力」が無い。
昔から人との会話が苦手で、コミュニケーション下手。サポーターや飲食売店の声を拾ってこそ広がるのに
インタビューを試みる勇気がついぞ沸かなかった。尻すぼみになるのは目に見えてました。

そこで新しい方向性を求めてブログという話になるのですが、根幹のモチベーションとしては
「ホーリーホックにまつわる議論のレベルを上げたい」そして「ボランティアメンバーが増えてくれれば」
という淡い期待も抱いてました。2014年現在、夢の半分は叶って、もう半分は叶っていません。

議論という面で画期的なイベントは、J’sGOALのサトタク記者を中心に『デイリー・ホーリーホック』が
立ち上がった事。それまでの有力な情報ソースはネット掲示板という状況だったため、計り知れない進歩です。
埋もれていた歴史やエピソードを掘り起こす媒体ができた。近年の観客動員アップにも貢献していると思います。

一方のボランティア参加人数については横ばい。ブログで急に増えるものじゃないですね(苦笑)
ひょっとして小難しい事を書きすぎて、逆にハードル上げてしまったかも・・・懸念はあります。
この先クラブのブランド力が上がれば、自然と盛り上がっていくものなのか。答えはもう少し先ですね。


当ブログを開設して3年ちょっと。更新を1週間空けた事は一度もありませんでした。
残業の多い仕事を抱えつつ、風邪をひいてもテンション上がらなくても、ネタは尽きなかった。

個人的に2~3週間放置した後、『更新遅れてすみません!』という一文を書くのだけは絶対に避けたかった。
それをやった時点で「モノ書き」(プロでも何でもないけど)として終わり、死んだも同然だと思うので。
自分に負けるような男が、チームを強くできるのか?選手のプロ意識を評価する資格があるのか?
上から目線で語る以上は、相応に体を張らないと説得力が生まれません。全くの一人相撲と自覚しつつ。


2012年からはデイリー・ホーリーホックにも取り上げて貰えるようになり、さらに茨城新聞の記者体験や
ラジオ出演等とても充実した表現活動ができました。ただし1日に使えるのは平等に24時間。
年齢的に仕事へ割くべき体力を使ってブログ更新するという、芳しくない生活リズムになるのもしばしば。
疲れや焦りが、本来のボランティア活動へ悪影響をおよぼす日も正直ありました。

クラブ周辺のメディア環境が強化され、自分の伝えたかった事を誰かが先回りして伝えてくれる。
「これだけは言わせてくれ!」という切羽詰まった情念が薄れてきたのは、きっと幸せな状況でしょう。
その一方で精神が満たされると、文章のクオリティや密度はえてして下がるもの。
内容がつまらなくなったと自覚しつつ、生活時間を削って更新するのは苦痛になりました。

お読みになっている皆さんを、楽しませるだけのものが書けなくなった。
昨年の早い時期から「終わり」を意識するようになりました。とはいえ中途半端な所でカットアウトしたら
必ず悔いが残る。せめてシリーズ企画のオチがつくまでは続けよう。『小説underdog』や『しりとり』の
展開が駆け足になったのは、そういう背景によるものでした。つまらなさに拍車がかかる結果となりましたが・・・。


最終回の節目として考えていたのは開設3年。カウントしてみると、更新500回も近いのに気づいた。
そして本日がその500本目に当たります。まあ頑張りましたよね(笑)
戦国時代でも何でも「撤退戦」の出来は大切なので、そういう意味ではやり切ったなと。

・・・そろそろウンザリされる頃ですね。締めの挨拶をしたいと思います。
当初の一日平均2アクセスという惨状から、現在は全国から一日平均100名の方にお読み頂いてます。
これが多いか少ないかは微妙だけど、毎試合のボランティア参加人数が20名前後という事を考えれば
内輪ネタ以上のものが少しは提供できたでしょうか?楽しんでいただけたのなら幸いです。

ツイッターやFacebookに連動すればもっと拡散できたのかもしれませんが、
おそらくコメント返し等で私は過労死してたでしょう(笑)またの機会に考えようと思います。


以下順不同で。
ブログの内容をいつも褒めてくれた『もぎり神』Y氏。
最高の4コマで控室を和ませてくれたAZSK母。
滋賀から素晴らしいレポートをまとめた283。
新たな息吹のコラムを展開したルーキーWさん。

ホリスポのお礼に美味しいお米を送ってくれた山形T番長。
思わぬきっかけでメールを頂いたロメロフランク選手の恩師・H先生。
折に触れて熱い感想を送ってくれた同い年Aさん。

震災後のKsスタで潰れそうな心を救ってくれた東京Vの皆さん(特に病気でお亡くなりになったMさん)。
所属チームと関係のない試合にも関わらず、各地から手伝ってくれたボランティアの方々。
南三陸町を案内いただいた仙台ボランティアGさん。

地味な立場の私達をメディアの立場で応援してくれるサトタク記者、米村記者。
水戸ホーリーホックの着実な成長をその身体で表現する選手・スタッフ全員。
そして常に力を合わせ、ともに汗をかくTifare最高のメンバー。


まだまだお礼を言いたい方がいますが、いつか直接お会いして感謝を述べられれば嬉しいなと。
私の拙い文章をお読みくださり、さらに感想や「拍手」までしてくれた方に、心からお礼申し上げます。

これから開幕まで少しだけゆっくりした後、本格的にJ1へ向けた現場作りをしていくつもりです。
ブログをやめたからといって、スタジアムから居なくなるわけではないのでご安心を(笑)
次なる展開のスタートとして、明るく締めくくりたいと思います。

ご愛読、本当にありがとうございました!!
またどこかで必ずお会いしましょう。


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関わるきっかけとなった伝説のFW・デルリス選手(故人)のユニフォームとともに。

「チカラをひとつに。 -TEAM AS ONE-」

by 小番頭・K

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