Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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皆さんいかがお過ごしでしょう?クラブ関連の情報もまだ少なく、禁断症状出てませんか?
オフのお供に選手しりとりはいかがでしょう。少し考えたら日本人より、外国籍の方が楽だと判明。
例えば「ほんだけいすけ」に続いて「け」で始まる苗字って、恐ろしく難しい(苦笑)

3年間にわたって細々とつないできた助っ人しりとりも、第20回を数えました。
前回はJ2経由コートジボワール代表・ドゥンビアで終了。

→ アレックス・ミネイロ
2005年~2006年鹿島アントラーズ。活躍する助っ人には『良薬』『劇薬』2つのパターンが
あるのですが彼は紛れもなく良薬タイプですね。周りを活かして自分も活きるFW。

劇薬はインパクトあって面白いけど、チーム仲が悪くなったり、依存度が高まったり、
退団後に何も残らなかったり。とはいえ刺激があって初めて組織が変わるケースもあるわけで、
その時々で良薬・劇薬どちらを選ぶかに目をつけるのも、助っ人ウォッチャーの楽しみかと。

→ ロニー
2008年横浜F・マリノス。2008年ガンバ大阪。マリノスでは鈴木隆行選手の後に「背番号9」を付ける。
ガンバが『他のJクラブからストライカー獲得し、中東に輸出する』チーム戦略(?)を実行していた影響もあり、
シーズン途中で移籍。日本人には抵抗あるけどこういうサイクル、海外ではポピュラーな事例でしょうか?

名前で思い出したのが学生時代、所属してた演劇サークルの後輩。可愛い女の子でしたが色白で背が高かった
ため「ロニー」と呼ばれてました。由来はマカロニから。今思えばひどい話ですね(苦笑)
同じく身長からあだ名が「ちびっこ」もいました。本人は意に介さず。メンタル強いって、こういう事ではと。

→ ニキフォロフ
2003年~2004年浦和レッドダイヤモンズ。ロシア代表として日韓W杯で日本代表と対戦。
屈強なセンターバックで、レッズのタイトル獲得に貢献するも怪我に泣かされ・・・というパターン多い気が(汗)
アタッカーに比べ守備系の助っ人はある程度年齢を重ねて来日するから、身体にかかる負担もあるのでしょう。
異国の地で治療やリハビリに時間を費やすって、精神的にきついだろうなあ・・・。

→ フォックス
1998年~2000年サンフレッチェ広島。トニー・ポポヴィッチ、上村健一とともに鋼鉄の3バックを形成。
このチームがゴリゴリの肉弾系サッカーをしていたなんて、今となっては信じられませんね。

歴史をひもとけば風間&森保のボランチを筆頭とした、知的フットボールでステージを制したのは1994年。
その後戦術を個人技重視に切り替えて上手くいかず、さらにJリーグバブル崩壊を受けて経営難。
彼が活躍したのはその頃。理想を取り戻すのに10年、優勝までさらに数年。泣ける紆余曲折があったわけで。

地道に育てた選手を引き抜かれる問題は今も残っていますが、貧乏に負けず確固たる成長サイクルを築いた
サンフレッチェには、最大限の拍手を送りたいです。地方クラブが目指すべき形のひとつを提示してくれた。
現在の広島にフォックスのような「フィジカルの鬼」が入ったら、どんな化学反応を起こすか?それも楽しみです。

→ スコルテン
1997年~1998年ジェフユナイテッド市原。チームの暗黒期を支えた守備のユーティリティ。
彼が居なければ心が折れて、今頃サッカーに関わっていなかったかも。私にとって大きな存在でした。

来日当時は既に30代半ば。スピード面は厳しかったものの、読みと統率力でほぼカバー。
ゲーム『サカつく』は実在の選手が若返って出てくるのも特徴で、17歳のスコルテンが
「老獪なディフェンスを駆使して・・・」とか紹介されてて吹きました。老獪な高校生(笑)

個人的には最も救われた外国籍プレーヤーです。「スコルテン」という単語に無条件で平伏。
98年末の『J1参入決定戦』では、最終ラインから駆け上がり残留を手繰り寄せるゴールも記録しました。
同じピッチに立っていたのは鈴木隆行選手。助っ人の歴史にも随所で関わる隆行選手も凄い。



・・・あ、しりとり終わっちまった(大汗)。正確には終わらせたのですが。
助っ人100名つないだ節目、ネタの残量的にも良い頃合いでした。
本当のところ、当ブログで一番苦しめられた企画。選手データを半日がかりでかき集める労力の割には
反応が微妙というコストパフォーマンスの悪さ(苦笑)。全て自分でまいた種、半端に引っ込めるわけにもいかず。

名前をつなぐより、調べ学習にやられた「しりとり地獄」から解放され、清々しい気持ちです。
しかしルートによっては、100名の先へ行く事もおそらく可能でしょう。
さあ、あなたも挑戦!頑張ればきっとできるはず(←道連れを増やす策略 笑)

by 小番頭・K

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