Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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皆さんこんにちは、毎日暑いですね。ピッチ上の蒸し風呂状態はまた格別でしょう。
そんな中で90分間、全力ダッシュを繰り返すサッカー選手は超人です。
彼らをリスペクトしつつ、最高のパフォーマンスが発揮できるよう声援を送ろう!

この高温多湿、海外から来た助っ人達にとってもやはり過酷でしょうか。
ブラジル出身選手や京都のサヌ(ブルキナファソ)、岐阜のデズモンド(ガーナ)などは暑さに強そう。

異国で成功を掴むためには言葉やサッカー文化はもちろん、気候とか食生活に早く適応する事が重要。
能力は十分なのにその辺でフィットできず、半年余りでリーグを去ってしまった選手も数多い。
あくまで想像ですが、世界各地でブラジル人プレーヤーが成功を収めてるのは、開放的な気質も大きいのかも。
「元気さ」「明るさ」は道を拓くカギになる。鬱々しがちな私達が、彼らから学ぶ事は多い。

夏補強のニュースも徐々に入ってくるでしょう。伝説を残す助っ人は現れるか?
前回は2001年マリノス降格危機を救った優良トリオの一角・ナザで終了。

→ サパタ
1993年~1996年横浜マリノス。日本に「ボランチ」という概念を定着させた、名手のひとりです。
得点につながる前段階の組み立てや、ピンチを迎える前段階の潰しで効きまくり。
中学生だった私は、こういう目立たないプレーの凄みをあまり理解していませんでした。

ただ当時メガドライブでやり込んだ『Jリーグ プロストライカー』というゲームで、
最終ラインからのフィードをサパタに跳ね返され続けた経験が、手強いイメージを植えつけました(笑)
きっかけはともかく20年かけて、サッカーを見る目も育ててもらったんだなあと、しみじみ感じます。

→ ダバツ
2006年~2008年サンフレッチェ広島。クロアチア出身の大型サイドバック。
ドイツ1部~4部リーグ全てでプレーした苦労人のようです。無条件に応援したくなりますね。
Jの舞台では大怪我を負ってしまったものの、契約延長するあたりにクラブの懐の深さがうかがえます。

広島は日本人も外国人も長い目で育て、大切にする姿勢があって好感を持てます。
「結果が残せなければ即クビ」というのもプロの側面だけど、底力や情熱を評価し「我慢して雇う」のは
あらゆる組織に通じる勝利の方程式ではないかと。表面的な成果主義で人々が疲弊しまくっている社会に、
サンフレッチェの優勝は強烈なカウンターパンチを浴びせました。と、無理やり現代論とこじつけてみたり。

→ ツベイバ
1994年~1996年ガンバ大阪。代表歴を見ると、ソビエト連邦 → CIS → ウクライナ → ロシアと
激動の歴史がうかがえます。生まれた国の名前が変わるって、どんな気持ちでしょうか・・・。
能力が高く勇猛果敢なセンターバックでしたが、それ故の警告や退場も多かった模様。

近年まで横行した、「とりあえず転べばファウル」の風潮にイラつき、乱暴な行動に出てしまう悪循環。
今にして思えば可哀想だなと。2010年代は「流す」場面も増えたので、今の判定基準でプレーしていたら
さらに大活躍したかもしれません。レフェリングに適応する事も、成功の条件だと思うと少し世知辛いけれど。

→ ハメド
2008年~2011年ガイナーレ鳥取。豆タンクのような体型、鼻に絆創膏(酸素吸引力アップのため?)。
コートジボワール国籍ながら、どこか「昭和」を感じさせる風貌に愛嬌がありました。

粗削りながらスーパーゴールの多いFW。漫画『GIANT KILLNG』だと夏木陽太郎のイメージですね。
実写化の際はぜひオファーを!・・・・・・ふとSMAPが主演していた『蒼き伝説シュート!』を思い出しました。
久保さんがキムタクで、トシは中居君だったっけ?馬堀の吾郎ちゃんはハマリ役だったなあ(遠い目)

→ トリビソンノ
1992年~1993年浦和レッズ。Jリーグチップスで、生まれて初めて当てたのが彼のカード。
ロン毛のインパクト大で、プレーそのものより記憶に残っています(笑)
しかし長髪のサッカー選手、年々減っている気がしますね。世界共通の傾向でしょうか?

今見られる記録映像としては1992年天皇杯・読売(ヴェルディ)-三菱(レッズ)戦。
現役時代の柱谷兄弟対決にカズダンス、客席全体で振られるフラッグとチアホーンに時代を感じます。
PK戦で沸き起こる「あっとひとりっ!」コールは、野球文化の名残ですね。
全日本キャプテンの柱谷哲二選手、豪快にPKを蹴り込んでこの試合も勝利に貢献しました。


今回はリーグ創世記のプレーヤーが多く登場。何となく自分も若返ったような気が(笑)
当時存在しなかった『水戸ホーリーホック対ファジアーノ岡山』という試合を迎えられるのも、一つの幸せ。
積み重ねた歴史に敬意を払い、チームとともに新しい歴史を刻んでいきたいです。

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