Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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代表キャップを持つベテランとして、チームを引っ張ってきたFW吉原宏太選手が契約満了となり水戸を
退団する事になりました。サポーターから本当に愛され、また愛したプレーヤーなので言葉が見つかりません。
アキレス腱断裂、肋骨骨折の重傷を負いながら復活し、ピッチを駆け抜ける姿に何度も勇気づけられました。

4年間で挙げた18のゴールは決して多くありませんが、全てがチームを救う劇的なもの。
プレーではもちろんメンタル、そして興行面でも水戸ホーリーホックを押し上げてくれた大貢献者です。
2009年に彼が加入してなかったら、私達の町からサッカークラブが消えていたかもしれない。

来年以降も吉原選手の活躍が見たかったし、Ksスタで最後の花道を飾ってもらいかった。
多くのサポーターがこのニュースにショックを受け、落ち込んでいると思います。私もその一人です。


しかし当ボランティアブログは、チーム編成を批判する場ではありません。
彼自身が「もっとやれる、もっとやれた」と一番悔しい思いをしているでしょう。
すぐに切り替えなどできないけど、偉大なストライカーにはこれからも笑ってボールを蹴ってほしい。

今日は吉原宏太選手に関連する当ブログの記事を振り返り、私達にどれだけ大きな影響を与えてくれたか
心に刻みます。サイトを開いたのが2010年末なので、その足跡を追うには不十分です。
けれど彼が青いユニフォームをまとって生きた瞬間瞬間を、少しでも思い出す一助になればと。


<夢のツートップ>
メインスタンド損壊で傷ついたKsスタに、傷と闘い抜いた漢が堂々の帰還!
前線の相棒は同じく元日本代表、伝説の漢。9番と30番によるキックオフはまさに歴史的でした。
スタジアムのボルテージが最高潮に達したばかりでなく、水戸の『ブランド力』が上がった瞬間。
試合後インタビューで感極まる吉原選手の姿に、サポーターも号泣。どれだけ愛された存在かわかります。

<きょうのホーリー君21>
ライン裏に飛び出す駆け引きも、吉原選手の魅力。「とびだし注意」の看板にかけて撮影しました。

<素晴らしき放送>
昨年西京極で記録した、鈴木隆行選手とのアベックゴール。「水戸を応援してて良かった!」と
心から思えた試合。スカパー解説・上田滋夢さんの愛あるメッセージも心にしみます。

<10405031>
水戸におけるお金の価値。彼ならもっと良い条件で働けるクラブもあったと思いますが、当時500万円
という年俸を漢気で換算して私達の町に来てくれた。吉原選手がもたらした経済効果は計り知れない。
クラブが3000万の借金を返せたのも、決して無関係な話ではないでしょう。

<左足が示したもの>
左腕にはキャプテンマーク、アキレス腱の痛みが残る左足を振り抜きジェフを撃破。
どれだけ格好いいのでしょう。この試合でサッカーの虜になったお客さんもいたはず。

<光の方へ>
復活ゴールを決めてトップフォームを取り戻しつつあった矢先のアクシデント。
せめてこの骨折がなければ・・・ドラマは見たいけど、悲劇など見たくない。
しかし、それでも背番号9は険しい再起の道を歩みます。

<きょうのホーリー君27>
9番のユニフォームに祈りをこめて。吉原選手が存分に闘えるレベルにまで、クラブ全体が達していない。
やり切れない気持ちで日々を送りました。もっと成長して、強くなって彼とともに笑いたい。
今でもその気持ちは同じです。

<万博の夢>
水戸史に残る、昨年の天皇杯3回戦『万博の歓喜』。試合に出れない身体ながら古巣対決に駆けつけた
吉原選手も、ジャイアントキリングを後押ししました。かつて所属したクラブでも人気が根強いヒーロー。
「ガンバ大阪20年史」に大きく掲載された、若き日の写真は色あせません。

<自腹で来ました>
人生の価値は、損得を超えた所にある。彼を通して私達は多くの事を学びました。

<9番のおみくじ>
選手生命にかかわる大怪我に再度打ち克ち復調間近。9番のおみくじは、これからもボランティア活動時
肌身離さず持ち歩きます。僭越ながら吉原選手の幸せも祈りつつ。

<魂の100ゴール>
水戸の点取り屋が代々背負ってきたエースナンバー。その記念すべき通算100ゴールがスコアされました。
個人的な手集計だけど、金字塔を打ち立てるのは彼以外考えられません。
ここから水戸の歴史も、吉原選手の歴史も力強くつながっていくのだと信じて。



以上、裏方の立場として本当に悔しいのは、もっと良いピッチで闘わせたかったという事。
芝の状態が常に保たれていれば、そもそも怪我などしなくて良かったのかもしれない。
本人は「デコボコのグラウンドで練習すれば、嫌でも上手くなりますよ」と笑い飛ばしてましたが、
整った環境ならもっと沢山ゴールを挙げて、チームを勝利に導けたはず。

諸々が申し訳なくて、悔しくて、情けなくて、やりきれない。
この事は心の中で消化できないし、するつもりもありません。消化しないまま前へ進みます。

吉原宏太選手が何のためここまで走り、闘う姿を見せてきたのか。
水戸ホーリーホックが、これからバラバラになるためではないでしょう。
もっと強く、素晴らしいチームを作りたい。

「ありがとう」の言葉を何千回言ったとしても、到底足りません。
吉原選手が水戸に所属した事を誇りに思えるよう、魂込めて頑張ります。

そして、貴方を一生応援し続けます。

「チカラをひとつに。 -TEAM AS ONE-」

by 小番頭・K

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