Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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前回は「アレイニコフ」で終了。だんだんラインナップがマニアックになってきている気が(笑)
そして今回名前の出てきた選手をすべて覚えている方は、かなりのJリーグ通ですね。
昔は様々な国籍の選手が集まっていたのだなと、改めて実感します。

→ ブリット
2001年横浜F・マリノス。J2降格の危機に瀕していたチームに途中入団したブラジル人トリオ
(他にドゥトラ、ナザ)の一人。10試合8得点と助っ人の仕事を完遂し1部残留に大貢献。
彼のゴールがなかったら、Jリーグの勢力図はかなり変わっていたかもしれません。

→ トログリオ
1994年藤枝ブルックス、1995年福岡ブルックス、1996年アビスパ福岡。アビスパの創成期を
支えた元アルゼンチン代表。来日前はラツィオ等、長きにわたりイタリアでプレーしていた。
これだけ経歴のある選手が普通にプレーしていたJリーグ、
タイムマシンがあったら当時に戻ってじっくり試合を見てみたいと思います。

→ オリバ
1996~1998年、2000~2001年清水エスパルス。FWおよび攻撃的MFとしてバリバリの活躍。
同時期に所属していたDFボウエン(元ウェールズ代表)と、長らく混同してました・・・。
ゲームの世界(サカつく2)でもボコボコにやられたのを思い出しました。

→ バルディビエソ
1997~1998年横浜マリノス。ボリビア代表としてW杯アメリカ大会に出場。
彼が背負ったマリノスの10番は中村俊輔に継承された。母国ボリビアと日本の他にアルゼンチン、
エクアドル、チリ、サウジアラビア、カタール、ベネズエラでもプレーした、非常に国際色豊かな選手。

→ ソーヴィシュ
2001年京都パープルサンガ。Jリーグでは11試合出場にとどまり、個人的にもスポーツ新聞や
サッカー雑誌で名前を見ただけな気が・・・。元ポーランド代表という経歴が魅力。
でもポーランド語の通訳がチームにいたのでしょうか。当時の状況がとても気になります。

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