Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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プロ野球の話から。80~90年代に広島カープ、近鉄バファローズで中継ぎエースとして活躍した
清川栄治さんのエピソードを紹介します。ドラフト外で入団した新人時代、先輩の三村敏之さん(故人)に
「プロの選手は入ってきても平等やないぞ。一回しかチャンスがない人もおれば、
五回、十回ある人もいる。だから”何で俺が”という考えを捨てろ」とアドバイスを受けたそうです。

確かに練習でも小早川毅彦さんや紀藤真琴さんなど、ドラフト上位の同期はコーチから指示がある。
しかし自分は声もかけてもらえない。寮の郵便受けには間違えたのか『前川』と書かれている。
果てはブルペンで投げる事が許されず、練習台のバッティングピッチャーに回される。

あまりの厳しい待遇にショックを受けた清川さん、しかしすぐ気持ちを切り替えた。
山本浩二、衣笠祥雄、高橋慶彦といった超一流のバッターに向かって投げられるのは格好のトレーニングだと。
フォームやタイミングも工夫しながら、打者のリアクションをつぶさに観察し続けた。

そのうち技術的・精神的に大きく向上し1試合、12試合、50試合と年々1軍登板の機会を増やしていく。
圧巻は1987年の『リリーフ完全試合』。中継ぎで巨人、阪神、中日と相手を変えながら
6試合かけて27人のバッターを連続アウトに斬ってとる、離れ業をやってのけました。

成功するためには不遇にクサらず、少ないチャンスをものにする。当たり前かもしれないけどこれは難しい。
漫画『グラゼニ』に(確か)こんな描写がありました。同じく中継ぎ投手の主人公・凡田夏之介がイニング5回、
投球練習を始める。しかし先発が何とか持ちこたえ出番なし。続く6回もアップを命じられるけど出番なし。
7回は先発が打たれて降板、しかし交代で出場したのは別のピッチャー。8、9回もピンチに備えて
ブルペンで投げ込むもののお呼びかからず。結局この試合で、彼の出場機会は巡ってこなかった。

皆さんはこの扱い、耐えられますか?「俺は何のために投げ込んでたんだ・・・」と虚しくなっても
不思議はありません。しかし漫画の凡田投手も、冒頭の清川投手も黙々と己の役割を全うしている。

「仕事だから、プロだから」と言ってしまえばそれまでですが、最終的に大成する人間は
一回のチャンスにかける気持ちというか『密度』が違うと思います。清川さんはバッティングピッチャー
という屈辱とも取れる役回りを密度の濃い練習に昇華させ、実戦を想定して技を磨いた。

ドラフト上位の選手が当初は注目され、出場機会を多く与えられるものの結果が残せず2軍落ち、
ずっと浮上のきっかけをつかめず消えていく。これもよくある話です。怪我や噛み合わせなど様々な要因は
ありますが、立場に恵まれすぎて『チャンスにかける意識』が育たなかったとも言えるかもしれません。

それを考えれば、不遇は必ずしも悪い事じゃありません。「自分に何が足りないか」を考え続け、
埋める作業を続ければどこかでチャンスは巡ってくるし、ものにする力もついているのだと思います。

人生もスポーツも、不公平で理不尽。しかし『結果=チャンスの回数×取り組む密度』だとすれば、
スタート地点はそれほど気にする必要ないんじゃないかと。努力次第で密度も、回数だって増やす事ができる。
密度と回数を地道に上げていけば、自ずと結果はついてくる。確率的にもそう言い切れます。


サッカーそして水戸に話を戻すと、チャンスをなかなか結果に結び付けられない鈴木雄斗選手、
結果を出してもなかなか次のチャンスが回ってこない岡本達也選手。それぞれに辛い心境察します。
だけど彼らと水戸ホーリーホックは、必ずやってくれるでしょう。

クラブ全体がここ数年、不遇にも理不尽にもめげずチャンスの糸口を探してきた。
それは骨太な手ごたえへと育ちつつある。あとは結果が出ればという所。
私達はチャンスの有り難さを痛いほど知っている。だからこそ粗末には扱わない。

競技は違うけど清川さんの成し遂げた『完全試合』に負けない偉業を、
水戸が達成する日をかたく信じて。

「チカラをひとつに。 -TEAM AS ONE-」

by 小番頭・K

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