Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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皆さんこんにちは。日本列島は梅雨に入ってきましたね。
木曜の敗戦を受けて他会場の動向を見守る週末はなおさら憂鬱ですが、なんの闘いはこれから!
水戸ホーリーホックは雨に強い。正確なデータがあるわけじゃないけど、けっこう勝ってる気がします。

マスコットのホーリー君も雨と相性良さそうですし(笑)6月11日で10歳になるから祝ってあげて下さい。
他にJリーグで水属性のマスコットは名古屋、横浜FM、磐田、川崎、新潟、草津(湯?)、大分、湘南(神?)
あと町田といった所でしょうか。それぞれ天候別の成績を調べてみると面白いかも。

唐突に思い出したのですが昔F1レーサーの中島悟氏が、雨の中コツコツ順位を上げていく事から
『雨のナカジマ』『粘り納豆走法』と異名を取ってましたよね。水戸もそれにならって
『雨のホーリー』『粘り納豆サッカー』で、J2における順位をコツコツ上げていきましょう!

さて当ブログ恒例企画「Jリーグ助っ人しりとり」も、おかげさまで第10回を迎えます。
スタジアムに感動と熱気、そして時に爆笑をもたらしてくれたあんな助っ人やこんな助っ人。

最近は純和製の布陣で戦うチームも増えてきましたが、それだけ日本人のレベルが上がったのでしょうか。
あるいは通訳なども含めた、コストパフォーマンス面が優先された結果なのか。後者だと少し寂しいですね。
一方でタイや台湾など、海外のリーグと積極的に交流する機運のクラブも出てきています。
これを単なるマーケティングと割り切らず、人と人の温かい触れ合いが生まれる礎になれば良いなと。

今後のJリーグが「内にこもる」のではなく「外に開いていく」方向に行くのを願いつつ、
しりとりをつなぎます。前回はダンディな点取り屋・ヴァスティッチで終了。

→ チョン・ヨンデ
2002年/2003~2004年名古屋グランパスエイト。2002年セレッソ大阪。
2005年川崎フロンターレ。2006年~2007年/2009年横浜FC。
2007年~2008年コンサドーレ札幌。所属歴が示す通り、濃い選手人生を送った守備的MF。
現在は古巣川崎にて育成部門のコーチを務めます。

個人的には相手のメンバー表に彼の漢字名(鄭容臺)が出てくると、何となく手強そうな印象を受けました。
名前自体が強いあるいは怖いイメージを発するのって、プロ選手として才能のひとつかもしれませんね。
懐かしい所で『斉藤俊秀』はいかにもクレバーな感じですし、『大岩剛』なんてもう勝てる気しない。

とはいえチョン・ヨンデ選手の具体的なプレーぶりを覚えているかというと、かなり怪しい(汗)
困った時の検索かけてみると、オフィシャルブログを非常にイイ頻度(週1ペース)で更新中なのを発見。
笑顔がナイスガイぶりを物語ります。2月14日の記事に「大本命の奥さんから」とチョコの写真をさらっと
紹介しちゃうのも素敵。実は横浜FCつながりで、奥大介さんからのチョコじゃない事を祈ります(笑)

→ デルリス
2005年水戸ホーリーホック。2005年コンサドーレ札幌。もう、どこから話しだせば良いのか・・・。

私は当時まだジェフサポで、水戸ホーリーホックは『地元のパッとしないチーム』でしかありませんでした。
タダ券もらって入場した2005開幕戦。笠松ゴール裏の芝生席でボヘーッと観戦してた前半、
ハーフライン付近でボールを受けた背番号9が敵陣へ侵攻開始。立ちはだかるディフェンダーを
巧みなステップでかわし、こちらに向かってグイ、グイと加速してくる。

「おいおい、このまま行っちゃうのか?」と思ってるうちにキーパーと1対1になり、ゴール隅へクールに
流し込んで見せた。「ゴオオオオオーーーール!!」笠松の割れたスピーカーからDJ寺ちゃん
(当時は名前も年下だという事も知らなかった)の絶叫が聴こえた瞬間、私の全身に電流が走り、
その場に立ち上がって力いっぱい拍手していた。何なんだこれは。まさに『チームと恋に落ちた瞬間』でした。

1つのゴールが、本当に人生を変える。その後ボランティアスタッフとして水戸と関わるようになった私は
DJ寺ちゃんを含む沢山の人と出会い、嬉しい時も悔しい時も凄く濃い密度で過ごしています。
素晴らしい場と引き合わせてくれたデルリスに何らかの形でお礼を言いたかったけど、
彼は交通事故で帰らぬ人に。26歳で天に召されてしまうのは早すぎる・・・。

あれから2年以上経ちましたが、私の中では「まだ何の恩も返せてないな」という思いばかりです。
いつか満員のKsスタでJ1優勝を勝ち取った瞬間、「どうだい。水戸はすげえチームになったんだぜ!」
と、天国のデルリスに報告しようと。

→ スピラノビッチ
2010年~浦和レッドダイヤモンズ。プロフィール見直して、まだ23歳だった事に驚きました。
レッズの試合もいくつか観てたのに、やはり自分の目は節穴だった(苦笑)。背番号4を付けた助っ人DFなら
そりゃベテランだろうと、先入観って怖いですね。言い訳するとスコルテン(市原)やスピラール(名古屋)、
スターレンス(大分)といった『ス』で始まるセンターバックは老獪だったので、思わず引きずられました。

これも勝手なイメージだけど若くして大成したセンターバックって、その後スキャンダルとか大怪我負ったり
何か悲運な印象があるんですよね。海外のリオ・ファーディナンド(マンチェスターU)の印象が大きいのか。
進境著しいDFはFWと同様にマークの対象になるから、精神的・肉体的な消耗が激しいのかもしれません。

ブンデスリーガやオーストラリア代表でプレー経験のある彼は、欧州からも熱い視線を受けているようです。
年齢とポジションからあと15年はやれると思うので、これから良いサッカー人生を送ってほしいですね。

→ チェ・ヨンス
2001年~2003年ジェフユナイテッド市原。2004年京都パープルサンガ。2005年ジュビロ磐田。
彼がジェフにやってきた頃はまさにチームの暗黒時代。前年J1セカンドステージで16位、
観客動員も平均5000人と、戦績も経営もまさに崖っぷち。当然のように降格候補に挙がった2001年、
知将ベルデニック(現・大宮監督)のもとミリノビッチ、ムイチンとともに『助っ人777トリオ』を結成して
大当たり。チームはファーストステージ2位へとジャンプアップし、市原臨海は歓喜の劇場と化した。

市原在籍の3年間で54ものゴールを挙げたチェ・ヨンスは、リアルストライカーの骨頂を見せる。
繊細にして大胆、パワフルかつ巧み。いかつい風貌とは裏腹にゴールマウス四隅へ精密なシュートを放つ。
スピードスター・大柴克友氏とのコンビも冴えに冴え、迫力満点のアタックはファンを虜に。

当時県南に住んでいて千葉テレビも受信できたため、ジェフサポの私は試合中継を食い入るように眺めました。
市原臨海に原付で応援に行った事も。同時期放送されていた『ハロー・ジャガー』『お賽銭』などの
ローカル番組とともに、懐かしい青春の思い出です。楽しかったなあ・・・。今はそれ以上に楽しいけど。

あの頃は「一生ジェフを応援するんだ!」と信じて疑わなかった。12年間夢中になったチームを離れ
水戸に移籍して6年経ちますが、チェ・ヨンスの決めてみせたゴールの一つ一つは細胞レベルで覚えてるし、
マスロバル、ヴァンチャ、ベンソンといった暗黒時代を支えた助っ人を応援した記憶の全てが愛おしい。

大げさかもしれないけど私も決意を持って水戸ホーリーホックに来て、スタジアムで闘っています。
我々も自力で暗黒時代を抜け出して、夢のステージに立つんだと。

→ スカチェンコ
2001年サンフレッチェ広島。前世紀末ジュビロに所属していたラドチェンコと、セットで覚えてます。
Jリーグでは11試合2得点と振るわなかったけど、ウクライナ代表での活躍や韓国リーグでゴール量産したり
能力自体は高かったようです。当時の広島系HPをチェックすると、凄いボレー突き刺してたみたいですし。
改めて助っ人が躍動できる土台には連携や、日本におけるコンディション面が大切なのだなと。

コンディションに関しゲームの話をすると、高3の時ハマって受験落ちかけたセガサターン『サカつく2』で
GKの世代交代に失敗し、急遽ボランチのサントス(鹿島、清水など)を守護神にコンバートした事があります。
特に飛び出しで良い働きをしてくれて、そのままキーパーで起用し続けたら調子をぐんぐん落とし
常にコーチから「彼のコンディションは最悪ですね」と言われるようになってしまった。

かといって17歳で獲得したホヤホヤの下川健一(市原)選手をレギュラー抜擢するのはまだ怖かったので
育つまでの2年あまり、『守護神サントス』で引っ張り続けたという。
ゲームの中とはいえ申し訳ない事をした。その後本来のボランチに戻したら元気になりました。


以上、これにて50人の助っ人をつなぎました!!
色んな所から情報引っ張るので地味に時間がかかるんです、この企画・・・。

誰に頼まれたわけじゃないけど、誰かの笑顔につながれば。
人に「馬鹿だ」と言われても、サッカー馬鹿なら褒め言葉。
あなたのため、私のため、Jリーグのため。つないでみせましょ助っ人しりとり。

おさまりが悪いので浪花節調で締めてみました(笑)

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