Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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週末に読んだプロ野球の歴史本で、中日ドラゴンズ弱小時代のエピソードが興味深かったので紹介します。

1974年10月12日、ナゴヤ球場での中日-大洋戦。この試合6対1で勝利した中日ドラゴンズは、
20年ぶりのリーグ優勝を決めた。1936年の球団創設以来2度目の栄冠に、万感のチーム関係者。

2日後名古屋市内で選手達はオープンカーに分乗し、優勝パレードを行った。
いっぽう後楽園球場ではミスタープロ野球・長嶋茂雄の引退試合を開催。対戦カードは、巨人-中日。
ここでひとつ疑問が。パレードと公式戦を、同日に350km離れた土地でやる事は可能なのか?
皆さん察しがついたでしょう。主力は優勝パレードへ参加し、巨人戦に出場したのは二軍メンバーだった。

選手達は「プロ野球の歴史を創ってきた長嶋さんを、レギュラー全員で送り出すのが礼儀じゃないか」と
直訴したものの、球団は「ファンが待っている。花形選手のパレード欠席はあり得ない」と拒否。
野球人の矜持と、ファンサービス。プロとしてどちらを取るか難しい問題だけど、また腑に落ちない点が。

そもそも公式戦のさなかに、主力選手参加の一大イベントを打つのは性急ではないか?
長嶋氏の引退は急に発表された事とはいえ、日本シリーズが終わった後にパレードを予定していれば
このようなジレンマは生まれなかった。

あくまで想像(邪推)ですが、当時の球団として2つの思惑が働いたのではないかと。
「もし日本シリーズで負けたら、せっかくのパレードも様にならない。やるなら町が盛り上がっている今だ」
「明日の後楽園と全国紙は長嶋茂雄一色になる。我々中日が、憎っくき巨人の引き立て役になる必要はない」

結果として中日は、日本シリーズでロッテに敗れた。明解なひとつの理由がある。
パレードに参加した主力選手達が、優勝を待ちわびていたファンと熱い握手を交わす。
一人ひとりが力いっぱい手を握ってくる。それも数百人。選手も思わず利き手を差し出してしまう。

野球において手は大切な商売道具。この握手が命取りだった。
利き手が数日間腫れ上がり、その状態で日本シリーズへ出場した選手もいる。
これが教訓となり12球団とも優勝パレードは、公式戦の全日程終了後に持ち越されるようになった。


・・・中日ファンの方ごめんなさい。最も安定した戦績を残している近年のドラゴンズには当てはまりませんが、
この苦いエピソードは当時の『負け犬根性』によってもたらされたと、本の筆者は締めくくっています。

しかし私には到底笑い飛ばす事ができません。「イベントが盛り下がってしまったら」という恐怖、
「引き立て役になりたくない」最後のプライド、そして一生の思い出にと力いっぱい握手するファン。
すべての心理が痛いほどわかるから。

思い返せば2009年。水戸ホーリーホックも昇格争いに絡み、そこから自滅の形で失速した歴史がある。
今となっては色んな要因が挙げられるけど、結局はチームに関わる全員の『負け犬根性』によるものだと。
夏場までの連戦連勝は自信になったものの、そこに『確かな根拠』はなかった。
「こんなに勝っちゃっていいの?」「もうJ1行っちゃえ!」と、地に足が着いた状態ではありませんでした。

だからこそアウェイ横浜戦のロスタイム失点、ホーム栃木戦での完敗で自信が雲散霧消してしまった。
確かに不運は重なったけど、いずれも「サッカーではよくある事」でした。
特に支える側がどっしり構えていれば、あそこまで崩れなかったと思います。

悔やまれるのは敗戦を重ねるたび「この世の終わり」みたいになる、スタジアムの空気を変えられなかった事。
チームが好調な時期に「今日も勝っちゃうよ~♪」と、自分がフワフワした気分で運営に臨んでいた事。
当時も現場の課題は山積みでした。しかし浮ついた心持ちで、ノウハウ強化を怠っていた場面が多かった。
チームの失速を食い止められなかった一因だったと思います。

私は現在ボランティアスタッフとして、勝っても負けても「今やるべき精一杯のサービス」を心がけています。
チームとして個人として、この上なく情けない思いをした2009年の教訓があるから。

水戸はここ3試合、シュート37本に対し得点ゼロ。危機的とも言えるけど「サッカーではよくある事」。
意地悪な神様に「さて、そろそろバタついてくる関係者はいるかな?」と試されているように思えます。
その手は食わないぞ、と。

選手が苦しんでいる時に『信じきれなかった』のも、3年前の反省点。2012年となった今、
「彼らは絶対やってくれる!」と私は確信しています。そして目の前の課題へ真摯に向き合う。
どんな状況になっても崩れてやるものか。強い気持ちで運営に臨もう。

中日ドラゴンズが38年前の苦い経験から強竜軍団へと這い上がったように、
水戸ホーリーホックも悔しい思いの一つひとつを力に、勝ち続ける集団へ変わってみせる。
「同じ間違いを繰り返さない」のが、成長のため最も大切な条件。

まずは私個人のメンタルから教訓を生かす、そこから始めます。

「チカラをひとつに。 -TEAM AS ONE-」

by 小番頭・K

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