Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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こんばんは。先ほど茨城と千葉で震度5強の地震があり、肝を冷やしましたが無事です。
皆さんの地域は大丈夫ですか?

ついにU23日本代表、ロンドン五輪出場が決定しましたね!
貴重な追加点を挙げた、清武弘嗣選手の涙にグッときました。プレーのふてぶてしさとギャップが良い。
本戦で世界へ羽ばたくニューヒーローは誰か?もちろん水戸からもチャンスあるぞ!

今日は五輪代表とJ2&J1開幕を記念し、恒例企画『助っ人しりとり』でご機嫌うかがいます。
なお前回取り上げたムタイルについて、山形ボランティアの方から「山形でも期待の助っ人でした」
とメール頂きました。そうだった!J2元年に移籍したんですよね。訂正のうえお詫びします。

サウロ →ロッサム →ムタイル →ルディ →イジドーロという(色んな意味で)泣かせる展開から、
どのようにつないでいくか?41人目はこの人から。

→ ロブレク
2004年セレッソ大阪。彼も含め2000年代前半のセレッソって、助っ人FWの印象薄いのですが
メンバー見返したら森島寛晃、西澤明訓、大久保嘉人、古橋達弥、さらに眞中靖夫、徳重隆明、大柴健二
と濃ゆい日本人アタッカーが揃ってたので当然か。このロブレクは9番を背負いながら5試合0得点で退団。

ストライカーとしては遅咲きだったようで、セレッソを離れた後に母国クロアチアや韓国で得点を量産。
Jリーグで活躍できなかった外国人の大半は能力不足ではなく体調や意思疎通、キャリアとしてちょうど
「谷間」に来ていた等の原因があるんだろうなあと。水戸でわずか1試合出場にとどまったキム・ドンチャン
などはその後Kリーグ最短ハットトリックを記録、ACLではセレッソ相手にゴールを決めるなど大暴れ。

かつて在籍した選手が新天地で結果を残すのは、嬉しいやら腹立つやら。このケースだと後者ですね(苦笑)
ああ、元ジェフサポとしてキム・デイという名前も思い出したぞ・・・。
<補足>後日栃木ボラTISさんから「ACLで活躍したドンチャンは別人だよー。水戸のドンチャンは今、
タイリーグだよ」と指摘を受けました。半端な情報で誤解を招き、お詫び申し上げます。
というかTISさん、何でそんなに詳しいんっすか(笑)

→ グラウ
2002年~2005年ジュビロ磐田。2005年横浜Fマリノス。2006年大宮アルディージャ。
前世紀末から今世紀初頭のジュビロは、物凄いサッカーをしていた。チーム全体が生き物のごとく
連動する美しさ。面白いようにパスがつながり拍手喝采が起こるあの空気、現在のバルセロナに通じる
『世界』を実感させました。この頃のジュビロを超える「チーム」は、Jリーグに現れていないと思います。
私達は進化したのか、退行してるのか・・・。

そんなジュビロの『黄金後期』に登場したのがこのグラウ。「怖さはないけどやられている」、
プレーではそんな感じのFWと記憶しています。鮮烈だったのはゴールパフォーマンス。
ストッキングから鯉のぼり出したりスパイダーマンの覆面被ったり、面白助っ人としても
楽しませてくれました。パフォーマンス考えるのって「自分がゴール決める前提」での発想だから、
何よりのイメージトレーニングなのかもしれませんね。

こういう系統の助っ人、長らく見ていませんでしたが栃木に新加入のFW・ジャイロから同じ匂いがプンプン。
こっそり動向を追おうと思ってたら枠の関係で登録外に。嗚呼。
グリスタゴール裏で、超楽しいチャントが聴ける事を期待します。これ凄い中毒性(笑)

→ ヴァウド
2010年湘南ベルマーレ。J1リーグで苦闘していたチームに途中加入した194cmのストライカー。
1980年11月22日生まれ、おお同い年か。身長はあのハーフナーマイクや、ケネディと一緒だな。
湘南のレジェンド・アジエル選手の幼なじみなのですね。

と、外堀ばかり埋めるのは本人のプレーを思い出せないから(汗)。動画検索してみたら
「リヴァウド」が沢山出てきて、そっちに見入ってしまいました。何ちゅうクロスの精度よ。
いかんいかんやり直そうと思い、『ヴァンド』と間違えて打って自分で吹き出しました。
播戸竜二選手、確かにあのメンタルは日本人離れしてる!・・・ヴァウド選手および播戸選手、ごめんなさい。

→ ドゥドゥ
2004年柏レイソル。前年のワールドユース得点王(ボランチなのに)がJリーグ入り!
未来のブラジルを背負って立つ逸材が日本でプレーするのは、現在の例えならネイマールが来るようなもの。

しかし、なかなか額面通りにいかないのがサッカー。半年余りの在籍で11試合2得点。
その後フランス、ロシア、ギリシャを転戦し現在は母国の名門・アトレチコミネイロへ。
少し前に欧州CLで見かけた時は懐かしいと同時に、自分も年を取ったと複雑な気持ちになりました。

→ ヴァスティッチ
2002~2003年名古屋グランパスエイト。他チーム女性ボラの方とJリーグ歴代イケメン助っ人について
話をすると、かなりの確率で挙がってくる名前です。とても華のある選手でした。
巧さと賢さを併せ持ち、ウェズレイと組んだ2トップは強烈。ワイルドな猛犬ウェズレイに
ハンサムな紳士ヴァスティッチ。プレーもキャラも好対照な2人、海外の探偵ドラマみたいで画になった。

長身ながらマークを外してすり抜けるのが上手く、シュートの弾道に迷いがない。そして勝負強さ。
グランパス史的には、リネカーが本来こういう活躍するはずだったのかな。

彼のサッカー人生も特濃。内戦により生まれ育ったクロアチアを離れ、オーストリアに帰化し代表にも選出。
名門シュトルムグラーツで、オシム監督指導のもと得点を量産して日本へ。帰国後もコンスタントに得点を重ね、
38歳で代表復帰。欧州選手権の最年長ゴール記録も塗り替える。

容姿ばかりでなく生き様も格好いい。こういう選手の背景に触れないままお別れになってしまうのは
寂しいというか勿体ないですよね。昨年広島にいたムジリとか、エピソードの宝庫だと思います。
せっかく来てくれた助っ人だから、プレーだけでなくその人となりからも沢山学びたいです。


と、今回は比較的きれいにまとまった。
しかし「う~え~か~ら~、ジャイロ~」のフレーズが、頭にこびりついて離れない。
会社のトイレで口ずさんでしまい、どうしてくれよう(笑)

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