Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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皆さんこんにちは、管理人の小番頭・Kです。
ティファーレブログをお読みいただき、ありがとうございます。
他地域のボランティアさんからも励ましのメッセージを頂いて、
本当に力になっています。ともにJリーグを盛り上げていきましょう!

さて、Jリーグも18シーズン目を終え、独自の文化、歴史を積み上げてきました。
なにせ開幕の1993年に生まれた子がボランティアに参加しているのだから、
自分も年取るわけですよね(笑)

今回は各チームを支えた歴代の『助っ人外国人』にスポットを当て、
しりとりにしてみようという、完全な思いつき企画です。
記憶が続く限り頑張ります。それじゃ、始めます。

しりとり → リンコン(福岡、湘南でプレーしたFW)・・・終わってしまいました(笑)

ベタなボケはこの辺にしてもう一度。

→ リトバルスキー
1993年~1994年ジェフ市原、1996年~1997年ブランメル仙台。魅せるアイディアと
緻密なボールさばきで次元の違いを見せ、市原臨海を大いに沸かせたJリーグのレジェンド。

→ キム・ヒョンソク
2000年ヴェルディ川崎。在籍わずか1年も、Jリーグ25試合16ゴールを挙げた技能派ストライカー。
個人的にはドリームキャスト版の『サカつく』で、大いにやられた記憶が・・・

→ クラウジオ
1997年~1999年ベルマーレ平塚、2001年セレッソ大阪。ディフェンスにおける激しい肉弾戦に加え、
ゴールと壁を直線的に襲う『殺人フリーキック』で強烈なインパクトを残す。チームのキャプテンも任された。

→ オゼアス
2002年~2003年ヴィッセル神戸、2004年アルビレックス新潟。
筋骨隆々の体躯とリーチの長さを武器に、起死回生のゴールを何度も挙げたFW

→ スターレンス
2001年大分トリニータ。ベルギー代表守備の要として70試合出場8得点、W杯に3度出場。
大分でプレーした時には既に37歳、バリバリの活躍はかなわず26試合出場にとどまり、現役を引退した。


いかがでしたか?懐かしい記憶とワクワク感が蘇えった方もいるかと思います。
Jリーグマニアが集まっての助っ人談義は、本当に止まらないんですよね(笑)
まだまだ続ける予定なので、よろしくお願いします。

さて次は「ス」か・・・。

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