Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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既にニュース等で話題になっていますが、鹿島アントラーズや日本代表でも活躍した
FW鈴木隆行選手が水戸ホーリーホックに入団しました。日本代表55試合出場11得点。
そして何と言っても、『W杯で得点を決めた茨城県人』です。
世代は違うけど母校の日立工業高校と大会で当たった時、強いチームだった印象があります。

2002年日韓大会ベルギー戦で見せた、身を投げ出しての泥臭いゴールは日本サッカー史に残る
名シーン。「あと数cmの頑張り」を体現する姿に、勇気づけられた方は多いでしょう。
大学生だった私も、友達と居酒屋のTV観戦で盛り上がりました。あれからもう、9年が経つのか・・・。

鈴木選手の水戸入団が6月3日、ベルギー戦でのゴールが6月4日、そして誕生日が6月5日。
何か深い縁を感じます。個人的には1998年、鹿島からジェフ市原にレンタル移籍していた時、
『J1参入決定戦』の第2戦で放ったシュートが忘れられません。
鋭いドリブルの切り返しから、左足で冷徹にゴール隅を射抜いてみせた。

JリーグがJ1・J2に分かれるのは翌1999年の事。J2が本当に『未知の世界』だった当時、
「負ければ降格」というプレッシャーは想像を絶するものでした。それこそ全てが終わってしまうような。
そんな状況で残留を決定づけるゴールを挙げた鈴木選手は、やはり何かを持っていた。

TV画面越しに伝わる市原臨海の異様な雰囲気、そして翌日学校の教室でサッカー部のK君が
「あいつ上手えからな!」と、なぜか上から目線で語ってたのを覚えてます(笑)
常陸大宮から常陸太田にバイク通学してたK君、卒業以来だけど今頃テンション上がってるだろうか。

今回何より凄いと思ったのは、震災の影響とクラブの状況を考えて、自ら『無給で戦う』と志願した事。
小さな娘さんがいて、所属したアメリカのチームで指導者のオファーがあったにもかかわらず、です。
水戸のボランティアとして、涙が出そうになる話です。何というか、こういう日本人がまだ居たのだなと。

登録とコンディションの関係で、勇姿をKsスタのピッチ上で見られるのは少し先になりますが、
スタジアムDJ寺ちゃんが「只今の得点は背番号30、鈴木隆行!!!」と雄叫び
電光掲示に『得点者:鈴木隆行』と記録される日を心待ちにします。

那珂川の河川敷に行けば吉原選手、柱谷監督、そして鈴木選手に会える。何とも贅沢です。
追い風が吹いているのは間違いありませんが、風に乗ってどこまで行くかは一人ひとりの『志』次第。
「J1に上がる、上げる」と明言する彼の覚悟に、我々も漢気で応えたい。

水戸の窮地を救うヒーローは1人じゃなく、我々ボランティアやサポーターも含めた
チームに関わる全員だという事を忘れずに、今週末もスタジアムの持ち場で闘います。

「チカラをひとつに。 -TEAM AS ONE-」

by 小番頭・K

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