Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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本当は栃木に恨みなんてない。大人気無いって事はわかってる。

小学校の遠足で中禅寺湖、日光東照宮、戦場ヶ原を回った。
見ざる、聞かざる、言わざる。当時は知りもしなかった『大人の知恵』というやつだ。
とにかく余計なものを見て聞いては傷つき、余計なことを言って傷つけた少年時代。
年を食った今もそこは大して変わっちゃいない。

いろは坂のインパクトは絶大だった。遠足バスの中で、内蔵が振り回される感覚を初めて味わった。
乗り物酔いのひどかった俺は、気を紛らわそうとカラオケで大リサイタルを開いた。
『男と女のラブゲーム』を、デスメタル調で熱唱。これが存外ウケた。
アンコールを5回、6回繰り返してるうち、本格的に酔って吐いた(食事中の方ごめんなさい)。

家族でよく馬頭、烏山に行った。烏山信用金庫の『からしん』って看板が気になったっけ。
カーステレオからディズニー、ランバダ、吉幾三、嘉門達夫が代わるがわる流れる。
目茶苦茶な選曲に包まれて育った俺は、なかなか目茶苦茶な性格の少年だった。
年を食った今もそこは大して変わっちゃいない。

坊主頭にお気に入りの迷彩キャップ(それが格好いいと思ってた)をかぶって
東武ワールドスクウェアに行った。兄とともに異様にはしゃいで撮った写真は、
たぶん今も実家のアルバムに眠っている。見たいような、見たくないような。

「自分の足で茨城を脱出するんだ!」と意味不明に息巻いてた反抗期。一人で自転車こいで
西へ西へと向かった。笠間の峠を越えて見た栃木の風景は、あまり茨城と変わりがなかった。
でも確実に世界は広がった。そんなちっぽけな征服感を抱きつつ、長い長い帰り道のペダルをこいだ。

高校でサッカーを辞めてから、膨大な時間を持て余した。アニメ、漫画、ゲームの世界に溺れてなお、
暗い青春のエネルギーを燻らせていた。16の春に原付免許を取り、実家にスーパーカブがあった事は
幸運だったと思う。フラフラと出掛けた「おもちゃのまち」壬生。駅前の駄菓子屋で、ガンプラよりレアな
『聖戦士ダンバイン』のプラモデルを買い悦に浸った。当時の数少ない写真の俺の目は死んでいる。

大学の後輩の実家があって、国分寺町の存在を知った。栃木に新幹線が通っている事は知らなかった。
厄年にちょっとした『厄除けブーム』が身の回りで起こり、年始に佐野でお祓いした。

数年前付き合っていた女の子と行った、どこかの町の滝。
・・・それが最後のデートになった。「一緒に温泉行こう」という約束は果たせていない。

子供の頃CMで気になった日光江戸村やウェスタン村(休園中)、いつか行ける機会はあるだろうか。
俺は明日、31歳になる。


本当は栃木に恨みなんてない。大人気無いって事はわかってる。
「だけど俺達は水戸だから」、全力で栃木と闘う。
それが唯一の理由。絶対的な理由。

今年もダービーの季節が始まる。

北関東のプライドをかけて。

理屈じゃなく、血が「負けらんねえ」と騒いでる。

土曜はアウェイ、グリスタで水戸ホーリーホックと栃木SCがぶつかる。
北関東自動車道を、凱旋のヴィクトリーロードとするために。
俺達はゴール裏という戦場で異様なファイトを燃やし、声の限りを尽くし「水戸!!」と叫ぶ。

by 小番頭・K

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