Jリーグクラブ・水戸ホーリーホックを裏方としてサポートする、ボランティアスタッフのブログです。

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こんばんは。日本代表の南米選手権参加辞退、改めて残念ですね・・・。
でも主力の海外組が欧州のクラブで欠かせない存在になっていて、
ベストの代表メンバーが組めないという事情はむしろ喜ばしいのかもしれません。
それぞれの持ち場で、個々のレベルアップに励んでくれるでしょう。

そしてJリーグも負けません!私も頑張って助っ人しりとりを続けます。
って、思いっきり方向性がズレているような(笑)前回はポポで終了。

→ ボリ
1996年~1997年浦和レッドダイヤモンズ。ブッフバルト、田口禎則と共に強固な最終ラインを形成、
リーグ最小失点に貢献したストッパー。風貌の迫力からやたら巨大に見えたけど、
公式プロフィールでは180cm。やはりオーラってあるんですね。
フランス代表として45試合に出場した一流選手が、20代で日本に来ていた当時のJリーグ。
今とはまた違う魅力がありました。フランス国籍の助っ人って、しばらく見てませんね。
ピレスやマケレレ、来てくれないかしら?

→ リエップ
1997年アビスパ福岡。昔はアルゼンチン国籍の選手を積極的に獲得していたのですね。
様々な伝説を残したピッコリ監督の影響も大きかったのでしょうか。
10番を背負ったもののリーグ出場はわずか11試合。『サカつく2』に出てきた印象しかない・・・。
何かネタはないかとYahoo検索したら、「リアップではありませんか?」と怒られてしまいました(笑)

→ ファネンブルグ
1993年~1996年ジュビロ磐田。オランダ代表でバリバリやっていたテクニシャン。
こんな選手が当時2部のJFLで観れるとは・・・現代ならばJ2にセードルフが来るぐらいの衝撃ですね。
個人的にはメガドライブのサッカーゲームで、当たられてもボール取られなかった印象です。
平仮名表示の「かつや としのぶ」とか懐かしい。当時ジュビロの胸スポンサーは『ネスレ』でしたよね。
サックスブルーとともに輝いてました。ああ、ミロが飲みたくなってきた(笑)
ファネンブルグがアヤックスでプロデビューを果たした、1980年に私は生まれました。
色々と、しみじみしてしまいます。

→ クビツァ
2000年浦和レッドダイヤモンズ。2001年大分トリニータ。水戸も対戦してるはずなのですが、
残念ながら当時の私は熱狂的ジェフサポ。中西永輔、中田一三、小倉隆史の『帰ってきた四中工三羽烏』や
バロン、ベンソンといった怪しげな助っ人が繰り広げる大残留争いに魂を持っていかれてたわけで・・・。

改めてクビツァのプロフィールを見直すと、ポーランド出身で日本に来る前はイスラエルでプレー。
そして身長196cm!水戸の加藤広樹と千葉のオーロイを足して2で割ると、このサイズになります(笑)

しかし先述のボリもそうですが、レッズに所属する助っ人は「イイ名前」が多いですね。
バイン、ベギリスタイン、ザッペッラ、ピクン、アルパイ、ポンテ、サヌ、マゾーラ・・・。
当時チームメートだった盛田剛平選手(広島)がマニア間で『モリツァ』と呼ばれていたのを
唐突に思い出しました。この仇名はとうの昔に返上したのでしょうね。JリーグでセンターFWから
センターDFにコンバートされて成功した例は、彼と岡山一成選手(現在スペインCDトレドでプレー)
ぐらいではないでしょうか。昨日読んだ高橋陽一氏の最新サッカー漫画『背番号9のディフェンダー』
(週刊漫画ゴラクにて連載中)に関連して。って、クビツァはどうした(笑)

→ アルシンド
1993年~1994年鹿島アントラーズ。1995年、1997年ヴェルディ川崎。1996年コンサドーレ札幌。
これは茨城県民の義務でしょう。Jリーグで1、2を争う人気者でした。
インパクト絶大の髪型ばかり取り沙汰されましたが、今思えば結構イケメンでしたよね・・・。
プレー以外にも「トモダチナラ、アタリーマーエー」のCMやスタジアム付近の食堂で出されていた
『あるしん丼』等々、楽しい話題を提供してくれました。少年マガジンの『アルシンド物語』読みましたねー。
お父さんの名前は確か「アルシンデス」だったよなー。

今も『長谷部誠物語』のように、日本代表選手中心にドキュメント漫画が掲載される事はありますが、
あえて再びJリーグの助っ人にスポットを当ててほしいです。『ムジリ物語』『ブルザノビッチ物語』
『ホドリゴ・ピンパォン物語』『マーク・ミリガン物語』とかどうでしょう?一般読者にはマニアックか(笑)
ならばスタジアム限定でも!

アントラーズからヴェルディに移籍したのも大きな印象を残しました。当時の日本は移籍という文化が
根付いてなかったので、鹿島ファンでなくとも「裏切り者」というイメージを抱いてしまったのは
本人にとって少し不憫でした。そんな気まずさ、ほろ苦さも含めて何もかもが懐かしい。
何せカレーを食べたらラモスになっちゃう時代ですからね(笑)『Jリーグカレー』、復刻したらけっこう
売れると思いませんか?CMは子供がカレーを食べるとハメド(ガイナーレ鳥取)になるという(笑)

今季は何と言っても息子さんの鹿島入団で話題になりましたね。色んな意味での遺伝が・・・(以下自粛)
活躍してカシマスタジアムで『親子あるしん丼』が発売される事を願います!


以上、長々とマニアックなネタをすみません。
水戸ホーリーホックのボランティアブログです、念のため(笑)

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